議論の相手に「ビョーキでつか?」というのは正直どうかと思った

「ウソばっか」「インチキ」というのはちとアレなので、ここでは「野良猫総受け」という表現をしておく(すいません、、、801脳に侵されています。。)

この前のエントリで野良猫氏釣り師呼ばわりしてしまったわけだが、それでもやっぱり「ツッコミどころ」という脇を開けているように思えてならない。

たとえば、最近のここでの例だと、

apeman「あなたは統合失調症についての理解が根本的に欠落しているようです。」
野良猫「まあ「統合失調症への理解」という言葉にもいろいろな意味があります。患者の側が周囲の者に、自分の要求を認めて心広く受け入れよと言う時の意味(略)」

これは完全に返事が噛み合ってない。apeman 氏は「そもそもオマエはその病気のことよく知らんだろ」と投げてるのに、それを「いや、その病気に対しては患者側も回りも云々」と思いっきり斜め上に返してしまっている。読み間違いならそう訂正すればいい。次の米で指摘されているにも関わらず放置しておくと「論点すりかえ」といわれたままになってしまうので注意。

他にも、野良猫LOVE!の十条さんがリストアップされていますが、最初の「トリミング」の例を取り上げると:

berry「日中戦争の最初期である1967年12月の南京攻略戦の時点で、日本軍は武器弾薬不足に悩まされていたことを示す史料があるのでしょうか。」
野良猫「>日本軍は武器弾薬不足に悩まされていたことを示す史料があるのでしょうか。
これは従軍した人の本を何冊か読んだことがあれば解る事です。」

横レスの際に「日中戦争の最初期である1967年12月の南京攻略戦の時点で」という限定を削った形で引用し、そのまま「基礎知識としての一般論」を返してしまうと、「トリミング」とツッコまれる余地を残す。(正直質問も質問だし、そのツッコミもいちゃもんに近い気はするのだが。。)

このような所々に散見される「ツッコみどころ」を嬉々として「某グループ」が群がってツツくので、すぐ「メタ議論」方面に発散してしまうのだと思われるが、どうか。