都知事選の総括:争点を君が代強制問題に集中させ得なかったことが敗北の原因

http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-April/012828.html

この間の都知事論議総括したい。はじめに無用な先入観を払拭しておくために書いておく。私は結局、浅野氏に一票を投じた。いや、彼に入れざるを得なかった…

争点を君が代強制問題に集中させ得なかったことが敗北

私は今回の都知事選において、当初から君が代強制問題に一番強い関心を持っていた君が代強制問題は、あきらかに都政レベルの問題であると同時に、単に都政にとどまらない全国的な広がりを持つ重要な政治課題である。国が、国旗・国歌法制化以来進めてきた非民主的政策を、地方自治体である石原・東京都がそのお先棒を担いで教育現場に定着させようとしているのが、現在の状況である。首都である東京にこれが定着すれば全国に波及する。だから、この問題はすぐれて都政レベルの問題であると同時に、全国的な政治課題なのである。ことは一国の言論の自由、思想・信条の自由につながる問題なのだ。この重要さの前では、オリンピックにしても築地移転問題にしても福祉問題にしても、どっちに転んでもたいした問題ではないと言っても過言ではあるまい。♪ああ、それなのに、それなのに…

AMLの議論の中には、浅野氏が平和憲法を守るか否かを争点にする向きもあった。「護持」がどうしたとかこうしたとかいうのがそれだ。私はこれには半分茶化し、半分本気で答えた。「護持は護持でも国体護持だろう」と。なぜ茶化したか。それは都知事選は首都とはいえ、あくまで地方自治体の選挙であって護憲云々はあくまで国政レベルの問題だからである。それを知事選の争点にするというのは、どう考えてもピントはずれだ。現に護憲か否かは争点にならなかったし、それでよかった。まかり間違って争点になっていたら、護憲派にとって今回の都知事選は大変な痛手となっていたろうし、憲法にとっても痛手となっていただろう。「護持」がどうのこうのという暇があったら、都政レベルにおいては無論、国政レベルにおいても重大な問題である君が代強制問題に争点を集中させることに精力を費やすべきだった。今だから言うわけではない。選挙中からその重要性は終始訴えてきたつもりである。いずれにしても、今回、石原都政をストップさせ得なかったのは敗北には違いないが、それ以上に君が代強制問題が争点とならなかった、いや争点にし得なかったことが、すなわちこれ敗北である。

ほかにもいろいろ論点はあろう。議論の仕方そのものについても多大な書き残しがある。逐一指摘しあいながら、総括したいと思う。ただし、何か言えば「共産党」とレッテルを貼られるのだけはごめんだ。それは私に共産党アレルギーがあるからではない。私は以前「民青」に入ったことがあるが、一ヶ月ほどでやめた。それは共産党に上意下達的で、中央集権的な要素を強く感じたからだが、かといって共産党の主張はまだ、ほかの党に比べてもマシだと思っている。なのになぜ「共産党」のレッテルを貼られるのがいやかといえば、それは、そのレッテルを貼られることでそれ以上の柔軟な議論が不可能になるからだ。またそのレッテルを貼る者は、そうした柔軟な議論を拒否していると思うからだ。

周三

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