根津公子の停職出勤日記〜都民の大半は「処分はひどすぎる」
http://www.labornetjp.org/news/2007/1180145970184staff01
*根津公子さんは卒業式「君が代不起立」で6ヶ月の停職処分中です。
根津公子です。停職『出勤』日記です。
●5月21日(月)
立川二中へ。朝生徒たちと挨拶を交わすひととき。校門をくぐった生徒が一人戻ってきてプラカードを読む。1年生のようだ。「これは私のことよ。2年前、わたしはここの教員だったの」と言うと彼は、「がんばってください」とぺっこり頭を下げ、にっこりした。「ありがとうございます」。
いつものように北多摩高校に進んだ二中卒業生とも挨拶を交わす。「先生、がんばってください」――「あなたはテストをがんばって!健闘を祈ります」。
(略)
70歳前後と思われる男性がプラカードの前で自転車を止め、私が声をかけようかと逡巡している間に走り去り、しかし引き返してこられた。「ここの先生ですか」と切り出された。昨年も一昨年もここを通るたびに見ていられたのだとのこと。「停職処分はひどいけれど、親のしつけができなくなっているからある程度形をきちんとさせることも必要なのではないか」とおっしゃる。「親の問題もありますが、子どもは社会を見て育ちます。国会議員や要職にある人が自身の不正を正せば、子どもたちのよい教育になるのではないでしょうか」と私。
憲法に話が及び、「9条があるから日本は戦争をしない」とおっしゃる。国民投票法案をめぐって意見交換をした。とても温和な方で、最後は私の失職を心配しておられた。処分はひどすぎる、というのは、都民の大半の感じ方のように思う。 もう一人、30代後半と思われる男性がプラカードを見ているので、声をかけた。「こんな処分はおかしいですよね」と言われ、「署名でもあればします」と申し出てくださった。
(略)
7時50分に「出勤」して、今日も10時間「勤務」・・・?!●5月23日(水)
南大沢学園に。家を出てから40分後、鶴川への道を走っていることに気づいた。苦笑。大きく迂回してしまったから学校前に着いたのは、7時50分。でも校長の出勤よりも早かった。出勤してきた校長は作り笑顔の様子で、私のところで立ち止まった。「おはようございます」――「おはようございます」。挨拶だけで無言である。
「今日は何かおっしゃることはないのですか」(私)――「できれば・・・」(校長)
「できれば、ここにいてください、ですか」――「いえ、できれば、いないでいただきたい・・・」「ここにいてはいけないことの根拠となる法令を示してください、と前から申し上げているでしょう」と答えた私のことばには返さずに、校長は私に一礼をして校門をくぐって行った。
「いえ、できれば、いないでいただきたい・・・」
切ない校長に涙。